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薬局クレームで「出禁」、提訴した元県庁幹部の訴えはなぜ退けられたのか

最新ニュース解説

2026.10.10 判例・ニュース解説

「これって、ただのクレームですよね?」——カスハラ対策が企業に義務付けられた今、現場で最も難しいのがこの線引きです。日本経済新聞の連載「揺れた天秤〜法廷から〜」が報じた、ある薬局でのやり取りを巡る裁判は、その境界線を考えるうえで示唆に富んだ事例です。

▶ 元記事:調剤薬局の「塩対応」にクレーム カスハラ扱いされ出禁、名誉侵害訴訟(日本経済新聞)


何が起きたのか

2023年9月、東日本在住の70代男性が薬局で薬を受け取った際、袋に入っていた割引クーポンについて薬剤師に説明を求めました。しかし薬剤師は応じず、5分ほどのやり取りの末「この薬局が気に入らないなら来なくていい」と告げられてしまいます。

納得できない男性は翌日、電話で苦情を入れました。約3週間後、薬剤師からの「おわび」と、運営する調剤薬局チェーンの営業本部長名による書面が届き、薬剤師の非を認める内容が記されていました。

ここまでなら、よくある「クレーム対応」の一コマです。しかし、男性が求めていたのは単なる謝罪ではなく、原因と処分などをまとめた顛末書でした。「原因究明がされない限り、予防と対策、改善指導は講じられない」という文書を送ったところ、会社側の態度が一変します。

送られてきた書面には、男性の言動が威力業務妨害に該当しカスハラでもあると明記され、今後の処方箋の受け付けを拒否する旨、来訪した場合は民事・刑事の責任を問う可能性にまで言及されていました。いわゆる「出禁」です。

男性はこれを「名誉感情を侵害する不法行為」だとして、薬剤師の使用者責任と文書送付の不法行為に対する50万円の慰謝料を求めて薬局側を提訴しました。


裁判所はどう判断したか

2025年11月の簡裁判決は、まず薬剤師の言動について「穏当を欠くものであったことは否定できない」と指摘しました。つまり、薬剤師側の対応に問題があったこと自体は認めています。

しかし一方で、クーポンの説明を事務員が担当するという社内ルールには「役割分担の観点から一定の合理性がある」とし、薬剤師が過去には丁寧な対応をしていた経緯も踏まえ、最終的に「受忍限度を超えた著しく侮辱的、誹謗中傷的だったとまでは認められない」と判断。出禁を伝える書面についても、人格を直接否定する内容ではなかったとして、男性側の請求を棄却しました。

男性側は控訴しましたが、高裁も一審判決を支持。「カスハラを受けている認識を明らかにしたにすぎず、侮蔑的な表現を用いていない」として確定しています。

判断の軸になったのは、最高裁判例が示す「社会通念上許される限度を超える侮辱行為と認められる場合」という基準です。単に不快感や嫌悪感を抱いた程度では足りず、発言の内容や態様、経緯、文脈まで含めて総合的に判断される、という枠組みが今回も踏襲されました。


なぜこの事例が重要なのか

この裁判のポイントは、「薬局側の対応にも落ち度があった」と裁判所が認めながら、それでも「カスハラ扱いした会社側の対応」自体は違法とされなかった点です。つまり、企業が「カスハラです」と相手に伝えること自体には、一定の正当性が認められる余地がある、ということになります。

東京都が2026年3月に公表した実態調査では、カスハラ防止対策に取り組んでいると答えた企業は回答企業(約4700社)の4割に満たず、取り組まない理由として最も多かったのが「正当なクレームとの判断の難しさ」(29.6%)でした。10月の義務化で対応体制の整備が求められる中、まさにこの「線引きの難しさ」が現場の悩みどころであることを、今回の判例が裏付けています。


カスハラテックでできること

この事例が難しいのは、「薬剤師の対応にも落ち度があった」という事実と、「それでも出禁はカスハラ対応として許容された」という結論が、同時に成り立ってしまう点です。こうした「どちらも一理ある」ケースでは特に、やり取りの記録が重要になります。

  • 通話・対面のやり取りをICレコーダーで記録:「けんか口調ではなく丁寧な対応だった」という会社側の主張、「ヒステリックに発言された」という顧客側の主張——水掛け論になりやすい部分を、客観的な記録で裏付けられます
  • 対応記録のテンプレート化:いつ、誰が、どんな説明をしたか(今回なら「クーポンの説明は事務員の担当」という社内ルール)を都度記録しておくことで、後から経緯を説明しやすくなります
  • 組織としての一貫した応答フロー:今回のように、現場の一次対応から本部名の文書送付まで、対応が後から変遷すると、意図せずトラブルを長期化させるリスクがあります。初動の段階で誰が何を判断するかを決めておくことが有効です

当サイトでは、こうした記録・対応支援のカスハラテックや、実際に発生した場合の公的な相談窓口も紹介しています。あわせてご覧ください。

▶ カスハラ支援制度データベースを見る


出典

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