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病院のカスハラ対策を比較|まつもと医療センター・大阪南医療センター・健和会病院、それぞれの基本方針

医療・介護編

2026.10.20 カスハラ対策ウォッチ|医療・介護編①

2026年10月、改正労働施策総合推進法の施行により、企業にカスタマーハラスメント(カスハラ)対策が義務づけられました。小売や自治体の窓口と並んで、医療機関は患者・家族からのカスハラが特に深刻な現場のひとつだと言われています。

今回は、ウェブ上で基本方針を公表している病院の中から、国立病院機構(NHO)系の2施設と、民間の病院1院を取り上げ、定義のしかたや対応策の書きぶりを比較してみました。同じ「カスハラ対策方針」でも、運営母体によって中身の粒度がけっこう違うのが興味深いところです。

3施設の方針、公表時期と運営母体

施設名運営母体所在地公表時期
まつもと医療センター国立病院機構(病院独自に策定)長野県松本市2024年12月
大阪南医療センター国立病院機構(法人共通の方針を掲載)大阪府河内長野市記載なし
健和会病院民間(医療法人)福岡県北九州市2024年11月

同じ国立病院機構の系列でも、まつもと医療センターは自院名義で独自の方針を公表しているのに対し、大阪南医療センターのPDFは国立病院機構の理事長名で出されたもので、法人共通のひな形に近い内容でした。系列病院だからといって、必ずしも全施設が横並びの方針を出しているわけではないようです。

対象となる行為の列挙、粒度に差がある

まつもと医療センターは、対象行為を13項目にわたって細かく列挙しているのが特徴です。大声や暴言といった典型的なものに加え、「SNS等での誹謗中傷」「敷地内での無断の撮影・録音」「危険物の持ち込み」など、近年のトラブル事例を踏まえたとおぼしき項目まで並んでいます。ここまで具体的に書かれていると、職員としても「これは該当する」と判断しやすそうです。

大阪南医療センターは7項目とやや簡潔。暴力・暴言・ハラスメント・SNS誹謗中傷など基本的な類型はカバーしつつ、法人共通の文書らしく、個別の病院運営に即した細かい事例は出てきません。良くも悪くも、どの病院にも当てはまる「汎用版」という印象です。

健和会病院は、行為を細かく列挙するというより「要求内容が妥当かどうか」「手段・態様が社会通念上相応かどうか」という判断軸を先に示し、そのうえで身体的攻撃・精神的攻撃・威圧的言動・土下座の要求などを例示する構成でした。厚労省マニュアルの定義をかなり忠実になぞっている印象です。

対応策の書きぶりも、病院によって温度差

対応策の具体性にも差が出ました。

  • まつもと医療センター:「対面・電話対応の中断」「院外退去命令」「診療拒否」「警察通報」「弁護士相談・法的措置」と、段階を追って選択肢を列挙
  • 大阪南医療センター:「上長への報告・相談」「必要に応じて警察通報」「組織として毅然と対応」「治療のお断り・院外退去を求めることがある」と、やや抽象度の高い書き方
  • 健和会病院:「退去や警察への通報を含め、毅然とした態度で対応いたします」という一文のみ。手順としての具体性はこの3施設の中では最も簡潔

診療拒否や法的措置まで踏み込んで明記しているまつもと医療センターと、「毅然と対応する」という宣言にとどめている健和会病院とでは、読んだ側が受け取る印象もだいぶ違います。どちらが正解というより、公表する情報の粒度をどこまで細かくするかは、病院ごとの判断が分かれるところなのかもしれません。

病院には「応召義務」という独特の制約がある

小売店や自治体窓口と違って、病院には医師法19条1項が定める「応召義務」という独特の縛りがあります。診療に従事する医師は、診察治療の求めがあった場合、「正当な事由がなければ、これを拒んではならない」というものです。刑事罰こそありませんが、繰り返し違反すれば行政処分の対象になり得ますし、正当な事由なく拒否して患者に損害が生じれば民事責任を問われることもあります。

この義務があるために、病院は長らく「迷惑な患者だから」というだけの理由で診療を断りにくい立場に置かれてきました。3施設の方針がいずれも「緊急やむを得ない場合などを除き」といった留保をつけているのは、この制約の重さの表れだと思います。

2019年の通知後も、現場のカスハラは減っていない

この状況に一定の整理をつけたのが、2019年の厚生労働省の通知です。診療・療養の過程で生じた迷惑行為によって「診療の基礎となる信頼関係」が失われていると認められる場合は、新たな診療を行わないことも正当化されるという考え方が示されました。実際、患者が長時間居座って業務を妨害し、謝罪を繰り返し求めたケースで、信頼関係が破壊されているとして病院側の対応が認められた判例もあります。

つまり制度としては、「悪質な迷惑行為に対しては、診療を拒否してもよい」という逃げ道が、すでに一応は用意されているわけです。

ところが、それから5年以上経った今も、現場の実感としてカスハラが減ったようには見えません。UAゼンセンとヘルスケア労協が2023年10月から2024年1月にかけて行った調査では、過去3年間に患者・利用者・家族から迷惑行為を受けた看護職は54.9%にのぼりました。暴言(83.3%)、威嚇・脅迫(45.6%)、小突かれる・たたかれるといった行為(41.2%)に加え、治療を伴うような暴力行為も1割を超えています。通知が出て以降も、被害の水準そのものはほとんど変わっていないというのが実情のようです。

考えてみれば、これは当然かもしれません。「信頼関係が失われているかどうか」をその場で判断し、証拠を残し、いざという時に説明できるようにしておくのは、現場の職員にとって相当な負担です。ガイドラインが整備されても、それを実際に運用できるだけの余力や仕組みがなければ、絵に描いた餅になってしまいます。

紙の上のルールより、記録できる仕組みを

ここまで見てきたとおり、病院のカスハラ対策方針は、どの施設も「こういう行為は許さない」「こういう対応を取る」という宣言にとどまっています。もちろんそれ自体は大事なことですが、宣言だけでは「実際に何が起きたのか」を客観的に示すことはできません。

診療拒否という手段を正当に行使するにも、院内暴力やハラスメントに対して警察や法的措置につなげるにも、まず「何があったか」を証拠として残せていることが前提になります。防犯カメラの映像、通話や会話の録音、ナースコールやウェアラブル端末による緊急通報の記録——こうした仕組みが整っていれば、職員は「まずは記録を残す」という形で、その場で白黒つけずに一歩引いた対応ができますし、後から振り返って正当な対応だったと説明することもできます。

応召義務という制約がある以上、病院が「とにかく診療を断る」方向に振り切るのは現実的ではありません。それよりも、記録・証拠化によって迷惑行為を可視化し、抑止につなげていくカスハラテック的なアプローチの方が、医療現場には合っているのではないかと思います。

この比較から見えること

3施設を並べてみると、運営母体(国立病院機構か民間か)だけでなく、同じ系列の中でも「病院独自に書き込むか、法人共通のひな形で済ませるか」という選択の違いが見えてきました。方針の書きぶりがどうであれ、応召義務という制約の下で診療拒否という手段に頼りきるのは難しく、通知が出てからも被害水準は下がっていません。方針の整備と並行して、現場の記録・証拠化を支えるテクノロジーの導入を進めることが、これから医療機関に求められていきそうです。

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出典

※各施設の方針は随時更新される可能性があります。最新情報は各施設の公式サイトでご確認ください。


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