近年、顧客や取引先からの理不尽な要求や悪質な迷惑行為、すなわち「カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)」が深刻な社会問題となっています 。これまで現場の「我慢」や個々の従業員の「対応力」に委ねられがちだったこの問題ですが、ついに法的な規制と義務化の波が本格的に到来しました 。
本稿では、企業や事業者が必ず押さえておくべき法的枠組みの全貌と、求められる具体的な法定義むについて詳しく解説します 。
改正労働施策総合推進法の全貌(2026年10月1日施行)
最も大きな転換点となるのが、国レベルでの法制化です 。カスハラ対策の強化を盛り込んだ「改正労働施策総合推進法」が成立し、2026年10月1日より施行されます 。これにより、すべての事業主に対してカスハラ防止のための雇用管理上の措置が「法的義務」として課されることになります 。
法律上のカスハラ定義と「3つの要件」
同法の指針において、カスタマーハラスメントは以下の3つの要件すべてを満たすものと厳格に定義されています 。
- 顧客等の言動であること:実際の顧客だけでなく、潜在的な顧客、施設利用者、取引先の担当者なども広く含みます 。
- 社会通念上許容される範囲を超えたものであること:労働者が従事する業務の性質等に照らし、客観的に見て度を越した要求や手段(暴言、威圧的な態度、長時間の拘束など)が該当します 。
- 労働者の就業環境が害されるものであること:その言動によって従業員が身体的・精神的な苦痛を感じ、業務に支障をきたす状態を指します 。
事業主に要請される雇用管理上の措置義務
改正法により、事業主には主に以下のような体制整備が義務付けられます 。
- 方針の明確化および周知・啓発:企業としての基本方針を定め、社内外(顧客・取引先)に向けて毅然とした姿勢を公表する 。
- 相談窓口・体制の整備:従業員が被害に遭った際に適切に対応できるよう、社内の相談先をあらかじめ定めて周知する 。
- 発生時の迅速・適切な対応:具体的な現場での対処法や、社内エスカレーションルートを定めたマニュアルを構築する 。
- 不利益取扱いの禁止:従業員がカスハラについて相談したことなどを理由に、解雇やその他の不利益な取扱いを行うことを禁止する(法33条2項) 。
労働契約法第5条に基づく「安全配慮義務」
改正労働施策総合推進法の施行前後にかかわらず、以前から企業にとって重い責任となっているのが、労働契約法第5条に定められた「安全配慮義務」です 。使用者は、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をしなければならないとされています 。
もし企業が従業員からのカスハラ被害の訴えを放置し、従業員がメンタル不調に陥ったり離職を余儀なくされたりした場合、企業は「安全配慮義務違反」や「職場環境調整義務違反」を構成し、民事上の損害賠償責任(不法行為責任)を問われるリスクが非常に高くなります 。昨今の判例でも、顧客からの著しい迷惑行為に対して組織的な防衛策を取らなかった企業に対し、高額な賠償を命じるケースが増加しています 。
自治体による独自条例の拡大:東京都カスハラ防止条例
国に先駆けて具体的な規制を開始したのが地方自治体です 。その代表例が、2025年4月1日に施行された「東京都カスタマーハラスメント防止条例」です 。この条例は、カスハラ行為の防止を通じて就業者の働きやすい環境を守ることを目的に制定されました 。
条例では、それぞれの対象主体に以下の責務や規定内容が課されています 。
- 何人も(すべての人):あらゆる場において、カスタマー・ハラスメントを行ってはならない(第4条) 。都民か否かを問わず、企業間取引も対象 。
- 顧客等:労働者に対する言動が就業環境を害さないよう、必要な注意を払うよう努める(努力義務) 。
- 事業者(企業):就業環境を維持するため、カスハラ防止のための必要な措置を速やかに講じるよう努める(努力義務) 。
💡 中小企業への追い風!東京都の「企業向け奨励金」
東京都では本条例の浸透を速めるため、都内の中小企業(常時雇用300人以下)を対象とした「カスタマーハラスメント防止対策推進事業 企業向け奨励金」を支給しています 。
対策マニュアルの整備に加え、録音・録画環境の整備(ウェアラブルカメラ等の導入)、AIを活用したシステム等の導入、外部人材の活用など実践的な取り組みを一つ以上行うことで、40万円(定額)の奨励金を受け取ることができます 。これは対策を検討する企業にとって大きな追い風となっています 。
カスハラ行為に適用され得る刑事罰のライン
カスハラは単なる「お客様とのトラブル」に留まらず、その行為の悪質性によっては刑法上の犯罪を構成します 。企業は、以下のような境界線を超えた場合には、躊躇なく警察などの外部機関と連携する姿勢を持つ必要があります 。
- 威力業務妨害罪(刑法234条):大声で怒鳴り散らして営業を妨害したり、店舗のオペレーションを意図的に麻痺させたりする行為 。
- 不退去罪(刑法130条):「上司を出せ」「納得いくまで帰らない」と要求し、企業側から退去を求めたにもかかわらず敷地内に居座り続ける行為 。
- 脅迫罪(刑法222条) / 強要罪(刑法223条):従業員やその家族の安全を脅かす言葉を吐く行為(脅迫)、また「土下座しろ」「誠意を見せろ」と義務のないことを強いる行為(強要) 。
- 恐喝罪(刑法249条):「SNSに悪評を書き込まれたくなければ金を払え」などと脅し、金品を要求・喝取しようとする行為 。
まとめと次回予告
2026年10月の法改正施行により、もはや「カスハラ対策をしないこと」自体が明確な法令違反・リスクとなる時代を迎えます 。企業は単に現場に責任を押し付けるのではなく、法律に則った体制構築(方針策定、窓口設置、マニュアル整備)を早急に進めることが求められています 。
では、これらの法的義務や対策を怠り、漫然とカスハラを放置してしまった企業には、具体的にどのような破滅的リスクが待ち受けているのでしょうか?次回の【第3回:リスク編】では、「人財流出」「金銭的損害」「ブランド崩壊」という企業を揺るがす3大リスクについて深掘りします 。
📌 参考URL・情報ソース
- 政府広報オンライン:https://www.gov-online.go.jp/article/202510/entry-9370.html
- 東京都しごと財団(カスハラ防止対策推進事業):https://www.tokio-cusharaboushi.jp/
- 東京都はたらくネット:https://www.hataraku.metro.tokyo.lg.jp/plan/kasuhara_jourei/index.html



