2026.10.16 公開
不定期連載「本当にあった、笑ってはいけないカスハラ集」第5回は、2026年3月に熊本市のスーパーで実際に起きた事件です。発端は、1本のジンジャーエールでした。
事の発端は、1本のジンジャーエールの値段
2026年3月上旬、午後7時55分ごろ。熊本市南区のスーパーで、70歳の無職の男性が、レジでアルバイト店員に詰め寄りました。理由は、買おうとしていたジンジャーエールの値段が、以前より上がっていたことでした。
1本100円かそこらの、炭酸飲料の値上がり。原材料価格の高騰でこの数年、あらゆる食品・飲料の値段が上がっているのは、スーパーに買い物に行く人なら誰もが知っていることです。レジ係のアルバイト店員に値上げの決定権などあるはずもなく、本来なら「最近何でも値上がりしてますね」で終わるはずのやり取りでした。しかし男性は納得せず、その場で大声を出し始めます。
一人対応のまま、怒声はエスカレートしていった
ここで、この事件を単なる「気の短い客の話」で終わらせない事情が出てきます。この店のマニュアルでは、こうした場面では複数人で客に対応することになっていました。ところが当時は人手が足りず、店員はたった1人でこの男性に向き合わなければなりませんでした。
男性の怒鳴り声は収まらず、周囲で買い物をしていた他の客にも支障が出るほどになります。店員は男性をレジから離れた場所へ誘導し、その場で110番通報しました。
通報した直後に、頭を殴られた
ここが、この事件の最も危うい部分です。店員が警察に通報した、まさにその直後に、男性は店員の頭を殴りました。さらに、止めに入った別の客にまで手を上げています。駆けつけた警察官が、男性を暴行の疑いでその場で現行犯逮捕しました。
殴られた店員は、1週間のけがを負いました。現在は職場に復帰しているものの、「同様の被害が続けば、離職や客足の減少につながりかねない」と不安を口にしているといいます。通報という、エスカレートを防ぐための最後の一手を打った直後に手を出されたという事実は、「一人で対応させてはいけない」というマニュアルの重みを、何より雄弁に物語っています。
この話の「笑えない」ポイント
この事件の「笑えない」ところは、何重にもあります。
まず、きっかけの小ささです。殺すぞ、土下座しろ、といった過激な要求が飛び出すわけでもなく、発端はただの「値上げへの不満」でした。値上げの理由も決定権も持たない、時給で働くアルバイト店員に対して、怒声から暴力まで一気に突き進んでしまう——要求の正当性(値段への不満を言うこと自体)と、手段の相当性(大声で怒鳴り、最終的に殴る)が、最初から釣り合っていません。
次に、「マニュアルはあったのに、守れなかった」という現実です。複数人対応というルールが存在していたこと自体は、この店がカスハラのリスクを把握し、備えていた証拠です。それでも人手不足という、どの現場にもありうる事情ひとつで、ルールは機能しませんでした。対策を「決めておくこと」と、実際に「現場で回せること」の間には、まだ大きな距離があります。
そして何より、この事件が起きたのは、全ての企業・自治体にカスハラ対策を義務づける改正労働施策総合推進法の施行(2026年10月1日)を、半年後に控えたタイミングでした。法律が「対策をしてください」と号令をかけるより先に、現場では人手不足を理由に、決めたはずのルールすら守れない状況が続いていた——この事件は、その半年後の「義務化」が、絵に描いた餅で終わらないかを問う、タイムリーな事例でもあります。
通報という正しい初動を取っていたにもかかわらず被害を防げなかった今回のケースは、「通報すれば安全」という単純な話ではないことも示しています。危険を感じた際の110番通報の重要性と、それでも間に合わない場合に備えた複数人対応・人員配置の考え方については「【第4回】社内体制整備の5ステップ」でも解説していますので、あわせてご覧ください。また、大声での威嚇や暴行がどこから刑事事件として扱われるかは「威力業務妨害・不退去・脅迫・強要罪が成立する境界線チェックリスト」にまとめています。
この連載では、皆さんの「あの話」を募集しています
このコーナーでは、現場で実際にあった「笑ってはいけないカスハラ」エピソードを募集しています。「うちの店でもこんなことがあった」「あの時の対応、今思えば笑えるけど当時は大変だった」——そんな体験談がありましたら、ぜひお問い合わせフォームからお寄せください。いただいた情報は匿名で再構成したうえで、このコーナーでご紹介させていただく場合があります。
出典・参考
※本コーナーは、過去に報道された実際の事例をもとに、要点を再構成して紹介しています。


