2026.10.15 公開
「防犯カメラを設置すれば、本当に迷惑行為は減るのか」。このサイトでは、名札型カメラやICレコーダーなど、録音・録画できる機器の導入をカスハラ対策として繰り返し紹介してきましたが、その効果はこれまで経験則としての紹介にとどまっていました。今回は、この問いに学術的なデータで答える実証研究を取り上げ、カスハラ対策への応用を考えます。
防犯カメラの設置で、ポイ捨てが半減した
参考にするのは、皿谷・平・仲(2023)「防犯カメラの犯罪予防効果―防犯カメラ設置前後の違法ゴミ廃棄数の変化による検討―」(立命館人間科学研究 第45号)という研究です。
広島県内の市街地で、防犯カメラを設置する地区(A地区)と、設置しない地区(B地区)を比較する形で行われました。まず設置前の予備調査で、両地区のゴミの量に差がないことを確認。そのうえで、2015年5月から12月にかけて、毎週火曜〜水曜の24時間に落ちているゴミの数を両地区で記録し続けるという、半年以上にわたる本格的な現場調査です。
結果は次の通りです。
| 防犯カメラ設置前 | 設置後 | |
|---|---|---|
| A地区(カメラ設置) | 10.8個 | 5.9個(約45%減) |
| B地区(未設置・対照) | 13.2個 | 14.7個(変化なし) |
設置前は両地区に差がなかったものが、設置後はA地区だけが大きく減少し、統計的にも有意な差として確認されています。
「一時的な効果」ではなかった
この研究でとりわけ注目したいのが、効果の持続性です。設置後の期間を「前半6週間」と「後半6週間」に分けて比較したところ、後半の方がさらにゴミの数が少なくなっていました。
新しいものが設置された直後だけ効果があり、やがて人々が慣れてしまう「目新しさ効果」であれば、時間が経つほど効果は薄れていくはずです。しかし実際には、半年近く経っても効果が弱まるどころか、むしろ強まっていました。これは、防犯カメラの抑止効果が一過性のものではないことを示す、重要なデータだといえます。
なぜ効くのか:「監視性」と「領域性」
この効果は、「防犯環境設計(CPTED)」という理論で説明されています。ポイントは2つです。
- 監視性:人の目や機器による見通しがあり、「見られている」と感じられる状態
- 領域性:「この場所は誰かが管理している」と認識できる状態
防犯カメラは、この2つを同時に強化します。カメラという「目」が加わることで監視性が高まり、同時に「この場所は管理されている」というメッセージにもなり、領域性も強化される、という理屈です。
興味深いのは、この研究で設置されたカメラが、最初はチョークで「カメラ(頭上)」と書かれただけで、正式な「防犯カメラ作動中」という看板が立てられたのは後になってからだったという点です。つまり、カメラそのものの有無だけでなく、「見られている」ことが本人に伝わる告知・周知のプロセスそのものが、行動に影響を与える重要な要素になっていると考えられます。
カスハラ対策への応用:記録していることの「周知」が鍵になる
この研究が直接検証したのは、ポイ捨てという軽犯罪の抑止であり、カスハラ(対人的な迷惑行為)そのものではありません。行為の性質が異なる以上、「だからカスハラも同じように減る」と断定するのは、厳密には一歩踏み込みすぎです。
ただし、ここで働いているメカニズム——「見られている」「記録されている」という認識が、人の行動を自制させる——は、迷惑行為全般に共通する心理的なプロセスであり、理論的にはカスハラの現場にも十分に当てはまると考えられます。実際、防犯カメラの効果を扱った先行研究でも、「軽微な迷惑行為を抑制する副次効果がある」という指摘がされています。

この考え方は、このサイトがこれまで紹介してきた対策とも一致します。
- 名札型・ウェアラブルカメラ:装着していること自体が「記録されている」というサインになり、対面対応での抑止力になる
- AI通話録音:電話冒頭で「対応品質向上のため録音しております」とガイダンスを流すこと自体が、告知による抑止効果を狙ったもの
- 「録画中」「録音中」の掲示:レジ周りや受付窓口への掲示は、機器の性能そのものより、周知による心理的な抑止効果を狙った施策
今回の研究が示すのは、こうした「機器を導入すること」と「導入していることを周知すること」をセットで行うという、このサイトが一貫して推奨してきたアプローチが、学術的なデータの裏付けを持つ合理的な対策だということです。機器を導入しただけで何も周知しなければ、抑止効果の多くを取りこぼしている可能性がある、とも言えるでしょう。
研究の限界も押さえておく
公平を期すために、著者自身が述べている研究の限界にも触れておきます。
- 調査対象のゴミは「たばこ」が中心で、別の種類の迷惑行為にそのまま一般化できるとは限らない
- 天候や人通りなど、調査期間中に完全には統制できない要因があった
- 防犯カメラ設置地区で迷惑行為が減っても、別の場所に移動しただけ(地理的転移)という可能性は否定しきれない
- 住民の防犯意識や心理的な変化までは、プライバシーへの配慮から調査できていない
いずれも、この研究の結論(防犯カメラ設置地区でのポイ捨ての有意な減少)そのものを揺るがすものではありませんが、カスハラ対策への応用を考える際には、「万能の解決策」ではなく「周知とセットで効果が期待できる一つの手段」として位置づけるのが誠実な理解だといえます。
まとめ
防犯カメラの抑止効果は、感覚的な期待論ではなく、現場での実証データに裏付けられています。そして効果を引き出す鍵は、機器そのものの性能以上に「見られている」「記録されている」ことがきちんと伝わる周知・告知にあります。カスハラ対策として名札型カメラやICレコーダーを導入する際も、現場への掲示や対応冒頭でのアナウンスとセットで運用することが、抑止効果を最大化するポイントになります。


